DDのブログ

鉄道を中心に、沿線の旅行記を書いていきたいと思います。JR九州・西日本関連が中心になると思います

JR九州 日田彦山線の歴史・成立

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 今日は、JR九州日田彦山線を取り上げたいと思います。日田彦山線は、小倉から日豊本線で3駅進んだ城野から南西方向に分岐し、筑豊・京築地区の山間部、盆地を抜けて大分県日田市に向かう路線です。路線距離は68.7kmですが、2017年の九州北部豪雨により、添田~夜明間が運休となり、実質小倉~添田間で運行しています。

 

 度重なる災害に加えて、利用者減による不採算に悩むローカル路線ですが、炭鉱や鉱山と密接にかかわり、また会社再編などで路線が何度も変わっており、歴史的に非常に興味深い路線です。

 

概要・歴史

 日田彦山線は何度も路線が変わっており、その歴史的経緯から、路線区間を城野~香春間、香春~田川後藤寺添田間、添田~夜明間の3つに分けて考えることができます。

城野~香春間

この区間の歴史は、1896年まで遡ります。1896年に金辺鉄道が発足し、路線建設が開始されました。 しかし、現在の呼野~採銅所間に相当する金辺峠のトンネル工事が難航し、開業せずして会社は解散になりました。

 その後、金辺鉄道の債権者らが事業を継ぐ形で1903年に小倉鉄道を設立し、1915年に東小倉~上香春(現香春)~上添田添田)間が開業しました。この区間は現在と2か所異なっています。

 第一に、始発駅です。小倉鉄道の始発駅は、現鹿児島本線の小倉~門司間の東小倉でした。東小倉から南に線路が伸び、現現在の分岐駅である城野は通らずに高架で跨ぎ、石田駅から現在の路線と同じところを通っていました。当時は城野を通っていなかったため、旅客用としての乗換アクセスはあまりよくなかったものと思われます。ちなみに、1956年に石田~城野間が開通し、1962年に石田~東小倉間が廃止となり、現在と同じルートとなりました。つまり、小倉鉄道が開通してから40年間は、現日豊本線と接続していなかったということですね。

 第二に、上香春(現香春)~上添田(現添田)が現在とは異なるルートで開通しています。当時の路線は上香春を過ぎると、田川伊田方面ではなく、南にカーブして現平成筑豊鉄道田川線を高架で跨ぎ、今任・大任を通って上添田(現添田)に着きます。地図で見ると、田川伊田田川後藤寺を通らない短絡線のような路線にも見えます。この区間は、詳細は後述しますが長らく営業を続け、1985年に廃止されて現在に至ります。

 以上2点が現在の路線との相違ですが、小倉鉄道として1915年から営業を開始しました。小倉鉄道は1943年まで路線営業を続け、日本国有鉄道に売却しました。なお、国有化された際に線路名称が制定され、同区間は「添田線」となりました。

 

香春~後藤寺~添田

 次に、現存する香春~添田間(田川後藤寺経由)について触れます。この区間は、もともと行橋~伊田間の路線を持つ豊州鉄道が1896年に伊田~後藤寺間を延伸開業するところから始まりました。1899年には後藤寺から川崎(現豊前川崎)まで延伸され、さらに1903年には添田まで延伸され、伊田添田間が全通しました。なお、1901年に豊州鉄道は九州鉄道に吸収合併され、伊田添田間は九州鉄道保有となりました。この路線はさらに添田から南に延び、彦山まで開通しました。

 その後1907年に国有化されて国鉄となると、1909年に線路名称が変更され、同区間を含む行橋~伊田添田間は「田川線」となりました。

 添田~夜明

  現日田彦山線の南部に位置するこの区間は、私鉄発祥の上記区間とは異なり、かなり後から新設された区間です。この区間は、1937年に国鉄彦山線として夜明~宝珠山間が開通したところから始まりました。彦山線は1946年に北に向かい、宝珠山~大行司まで延伸し、1956年には彦山まで延伸しました。

3つの区間の再編~日田彦山線の成立

 上記の3区間は、国鉄になって以降路線が再編されて現在の日田彦山線へとなります。

 まずは1956年に東小倉~香春~添田~夜明の区間が「日田線」に改称されました。これは、国鉄添田線と、田川線添田~彦山間、そして彦山線が合体する形になりました。

 その後1960年には、日田線から香春~大任~添田間が分離され、代わりに田川線の香春~伊田添田間が併合され、現在と同じ城野~後藤寺~夜明をルートが日田彦山線となりました。なお、分離された香春~大任~添田間は「添田線」となり、1985年の廃止まで営業を続けました。

  以上、日田彦山線が成立するまでを述べましたが、小倉鉄道や豊州鉄道、九州鉄道といった戦前の私鉄が絡んでいるほか、国有化後も、国鉄添田線、田川線、彦山線、日田線と、何度も区間や名称を変えた末に成立したので、非常にややこしいですね。

 

 余談ですが、日田彦山線区間は炭鉱や鉱山が非常に多く存在し、旅客よりも貨物輸送が盛んで、貨物専用線も多々存在しました。炭鉱貨物の豊前川崎~第一大任(1974廃止)、豊前川崎~第二大任(1970廃止)、石灰石貨物の東谷鉱山専用線(1996廃止)などがありました。次回は、このあたりに現地訪問してアップしたいと思います。

 

年表

・小倉鉄道

1915 小倉鉄道 東小倉~上香春~上添田 開業

1943 小倉鉄道国有化 同区間国鉄添田

・豊州鉄道~九州鉄道~国鉄田川線

1896 豊州鉄道 伊田→後藤寺 延伸

1899 後藤寺→川崎(現豊前川崎)延伸

1901 合併して九州鉄道に 

1903 川崎→添田 延伸

1907 九州鉄道の国有化

1909 路線名称変更 行橋~伊田添田 国鉄田川線

1942 国鉄田川線 添田→彦山 延伸 

 ・国鉄彦山線

1937 国鉄彦山線 夜明~宝珠山開業

1946 宝珠山→大行司 延伸

国鉄日田線

1956 国鉄彦山線 大行司→彦山 延伸

1956 東小倉→石田→香春→大任→添田→夜明が国鉄日田線に改称

1956 石田~城野間が開通

1960 城野→香春→後藤寺→添田添田→夜明ルートを国鉄日田彦山線に改称

    (香春~大任~添田国鉄添田に改称)